こんにちは。GALAXY Travel Blog編集長の「まさと」です。
航空会社のステータス獲得を目指して飛行機に乗り続けるマイル修行ですが、ふと我に返った瞬間にマイル修行は恥ずかしいことなのではないかと不安になることはありませんか。あるいは周囲から気持ち悪いと思われたり、無駄な行為だと批判されたりして、やめた方がいいのかと後悔や迷いを感じている方もいるかもしれません。意味ない空の旅にお金と時間を費やすことへの葛藤は、多くの修行僧が一度は通る道です。この記事では、そんなネガティブな感情の正体と、それを乗り越えるための視点についてお話しします。
この記事でわかること
- マイル修行が恥ずかしいと感じてしまう心理的な原因と背景
- 空港や機内で航空会社のスタッフからどう見られているかの実態
- SFCやJGCといったステータスの本当の価値と費用対効果
- 周囲の評価に惑わされずに自分の意思で修行を判断する基準
マイル修行が恥ずかしいと感じる理由と実態

多くの修行僧が抱く「恥ずかしさ」の正体は、内なる自己批判と他者からの視線への意識過剰が複雑に絡み合っています。ここでは、空港や機内という特殊な環境で、なぜそのようなネガティブな感情が生まれるのか、その具体的な実態について掘り下げていきます。
空港で同じ区間を往復する修行僧の心理
マイル修行において最も効率的な手段とされるのが、目的地での滞在時間を極限まで削り、到着してすぐに折り返しの便で帰ってくる「タッチ」と呼ばれる行為です。これを繰り返す中で、多くの修行僧が「自分は何をしているんだろう」という虚無感や恥ずかしさを感じることがあります。
特に心理的な負担となるのが、同一機材・同一クルーでの往復です。降機したばかりなのに、数十分後には再び同じ搭乗口から同じ機内に乗り込む状況は、一般的な旅行者の感覚からすれば明らかに異質です。「あの人、また乗ってきた」と思われているのではないかという自意識が、恥ずかしさを増幅させます。
修行僧が恥ずかしさを感じる瞬間
また、1日に複数回のフライトをこなす際、搭乗手続きで発券される「保安検査証(黄色い紙)」が異常に長くなることも、修行僧特有の「恥ずかしい」エピソードとして語られます。何枚も連なる紙を受け取る際のスタッフの視線や、後ろに並ぶ乗客からのプレッシャーは、修行の厳しさを物語る象徴的なシーンと言えるでしょう。
羽田拠点のフライトと航空会社の視線
日本のマイル修行において、羽田空港を起点とした沖縄(那覇)線は、マイルやプレミアムポイント(PP)、FLY ON ポイント(FOP)を稼ぐための「聖地」とも言える路線です。この路線には多くの修行僧が集中しており、航空会社側もその存在を十分に認識しています。
実際のところ、CA(客室乗務員)やグランドスタッフは、修行僧に対してどのような視線を向けているのでしょうか。現役スタッフの声などを分析すると、以下のような傾向が見えてきます。
- 業務上の認識:乗り継ぎ情報として共有されているため、「修行僧であること」は把握されていることが多い。
- 個別の感情:「おかえりなさい」と声をかけることはあっても、それは顧客への親愛の情であり、嘲笑の対象ではない。
- マナーの問題:淡々とフライトをこなすスマートな修行僧は歓迎される一方、横柄な態度を取る客は当然ながら嫌われる。
つまり、「恥ずかしい」と感じているのは当人だけで、航空会社側からすれば「頻繁に利用してくれるありがたい顧客」の一人に過ぎないのです。
エコノミークラス利用で感じる無駄への葛藤
費用対効果を追求する修行僧にとって、座席クラスの選択は重要な戦略です。しかし、コストを抑えるためにエコノミークラス(普通席)でひたすら往復を繰り返す行為は、精神的な摩耗を招きがちです。
特に、「ステータス維持」自体が目的化してしまった場合、目的地で観光するわけでもなく、ただ狭い座席に座って移動するだけの時間に、強烈な「無駄」を感じることがあります。本来、移動は「目的地へ行くための手段」であるはずが、移動そのものが目的となることで、一般的な経済合理性から乖離してしまうのです。
この「意味のない空の旅」に安くない費用を投じているという事実が、ふとした瞬間に冷静になった自分自身を攻撃し、「恥ずかしい」「バカバカしい」という自己嫌悪を引き起こす大きな要因となっています。
プレミアムやビジネスクラスへの憧れ

マイル修行を行う動機の多くは、将来的にプレミアムクラスやビジネスクラスを利用した際に、ラウンジ利用や優先搭乗といった快適なサービスを受けることにあります。しかし、その資格を得るための修行期間中は、皮肉なことにその快適さとは無縁の過酷なスケジュールを強いられることが少なくありません。
機内でカーテンの向こう側にいる上級クラスの乗客を見ながら、「いつかは自分もあちら側に」と夢見る一方で、「今の自分はポイントのために必死になっている」という現状のギャップに苦しむこともあるでしょう。この理想と現実の乖離が、修行行為を「ダサい」「必死すぎる」と感じさせてしまう心理的要因の一つです。
過剰なサービス期待とマナーの問題
残念なことに、「マイル修行 恥ずかしい」という検索結果の裏には、一部の修行僧によるマナー違反や過剰な要求が、周囲に不快感を与えているという事実もあります。
「自分は上級会員を目指す上客だ」という意識が先行し、スタッフに対して横柄な態度を取ったり、ルールを無視した要求をしたりするケースです。このような振る舞いは、航空会社側から「迷惑な客」として認識されるだけでなく、同じ修行僧コミュニティからも「修行僧全体の品位を下げる行為」として厳しく批判されます。
真にスマートな修行僧は、自分が特殊な利用の仕方をしていることを自覚し、周囲への配慮や謙虚さを忘れません。恥ずかしさを克服する第一歩は、誰に見られても恥ずかしくないマナーを身につけることにあるのかもしれません。
マイル修行は恥ずかしい?迷いを断つ考え方

「恥ずかしい」という感情は、視点を変えるだけで解消できる場合があります。ここでは、SFCやJGCといったステータスの合理的な価値を再確認し、周囲の雑音に惑わされずに修行を完遂、あるいは撤退を判断するための指針について解説します。
ANAのSFCやJALのJGCが持つ真の価値
ANAのスーパーフライヤーズカード(SFC)やJALグローバルクラブ(JGC)がこれほどまでに人気を集める最大の理由は、一度条件を達成して対象のクレジットカードを持ち続ける限り、半永久的に上級会員資格を維持できるという点にあります。
通常、航空会社のステータスは1年ごとの更新が必要ですが、SFCやJGCに入会すれば、生涯にわたって以下のような恩恵を受けられます。
- 専用ラウンジの利用:出発前の時間をビールや軽食と共にゆったり過ごせる。
- 優先チェックイン・保安検査:長蛇の列に並ぶストレスから解放される。
- 手荷物の優先受け取り:到着後、スムーズに空港を後にできる。
- 特典航空券の枠拡大:マイルを使った予約が取りやすくなる。
修行期間中の数ヶ月間感じる「恥ずかしさ」は一時的なものですが、そこで得られる権利は10年、20年と続く一生モノの資産です。「一時的な恥」と「永続的な快適」を天秤にかけたとき、その価値をどう判断するかは、あなた自身のライフスタイル次第です。
国内線利用でステータスを獲得する意義
よくある批判として、「国内線しか乗らないのにステータスを持っていても意味がない」という意見があります。確かに、国際線利用時に比べれば、国内線でのラウンジの食事内容などは簡素になる傾向があります。
しかし、国内線の利用頻度が高いビジネスパーソンなどにとっては、保安検査場の優先レーン利用や、予約変更の柔軟性(空席待ちの優先順位など)は、時間を金で買うに等しい価値があります。たとえ国内線メインであっても、移動のストレスを極限まで減らし、時間を有効活用するための「投資」として捉えれば、そこに恥ずかしさを感じる必要は全くありません。
マイル獲得と費用対効果に関するQ&A
ここでは、マイル修行にまつわる費用対効果の疑問について、一般的な視点からお答えします。
Q. 修行費用50万円の元は取れますか?
A. 利用頻度によります。
年に数回しか飛行機に乗らないのであれば、金銭的な元を取ることは難しいでしょう。その都度、有料でラウンジを利用したり、追加料金を払ってアップグレードしたりする方が安上がりなケースも多いです。逆に、頻繁に旅行や出張に行く人にとっては、数年で十分に回収できる計算になります。
Q. コスパを重視するのは恥ずかしいことですか?
A. 全く恥ずかしいことではありません。
PP単価やFOP単価を計算し、効率的にステータスを獲得しようとする姿勢は、合理的な戦略です。ただし、コスパを追求するあまり、身体的・精神的に無理をしてまで乗ることは本末転倒です。「楽しむ余裕」を残しておくことが大切です。
マイル修行の本来の目的を見失わないために

修行が辛い、恥ずかしいと感じてしまう最大の原因は、「手段の目的化」にあります。本来、ステータスは「快適な旅」を実現するための手段だったはずが、いつの間にか「ステータス維持」自体が目的となり、そのために苦痛なフライトを強いられる状態になっていないでしょうか。
この「呪縛」から解放されるためには、原点に立ち返ることが重要です。「自分はなぜこのステータスが欲しいのか?」「それを手に入れて誰とどこへ行きたいのか?」というビジョンを明確にしましょう。もし、修行自体が家計を圧迫し、家族との関係を悪化させ、自己嫌悪を生んでいるなら、勇気を持って「撤退する」という選択もまた、合理的な判断です。
マイル修行が恥ずかしいと感じる人へのまとめ
「マイル修行 恥ずかしい」という感情は、多くの修行僧が経験する通過儀礼のようなものです。しかし、その感情に囚われすぎる必要はありません。あなたがその行動に価値を感じ、ルールとマナーを守って楽しんでいるのであれば、外野の批判を気にする必要はないのです。
大切なのは、他人の評価軸ではなく、「自分の人生にとってプラスになるかどうか」という自分の軸で判断することです。修行を続けるにせよ、やめるにせよ、それがあなた自身の意思決定に基づくものであれば、そこに恥じる要素は何一つありません。ぜひ、あなたにとって最良の「空の旅」を選択してください。
